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私の技術者人生(18) [技術者人生]

 新しい生活が始まり、毎月2週間の海外業務をすることになりましたが、毎日びっしりと予定が詰まっているわけではありませんでした。技術相談(コンサル)が3~5件にセミナー講演が1回というのが平均的なスケジュールでした。したがって、2週間、つまり10日間のうち、2~3日はコンサルとセミナーでそれ以外の日はそのために資料作りという割り振りになりました。セミナーの内容はファンに関するものがメインで、設計から騒音対策の基礎的なところから始めて、最新の技術動向や論文紹介などを毎回1~2時間で行ないました。これを約2年間続けました。この間は毎月のセミナー資料作りが結構大変だったのですが、この時の資料は自分の専門技術をまとめたものになり、その後、あちこちで使うことができたので有益な時間でした。結果オーライになりますが、本来はこういうまとめを転職前にやっておくべきなんだろうな、と感じた次第です。

 一方、日本にいる2週間は遊んでいたわけではなく、日本での業務開拓を考えていました。といっても、営業活動が得意なわけではなく、前職でのつながりで仕事を続けていました。これは、予定していた契約ではなく、先方から要望されて出てきた仕事だったので、私としては非常にありがたい仕事でした。もともと前職では社内のある部署とファンに関する共同研究を行なっていたのですが、私が退職するにあたって代わりを務められる人材がいないということで、引き続き協力を頼まれたということです。技術者としてはちょっと胸を張りたくなる依頼でした。その後、このような前職がらみの仕事が他にも入ってきて、営業活動をすることなくクライアントが増えてきたのは本当にラッキーでした。また、このつながりで学会へ論文発表する機会も与えられ、技術者としての満足感も得ることができました。ただ、日本の仕事はボリューム的にはあまり多くなく(つまり、収入的にも多くなく)、日本にいるときはかなり自由時間があるという生活を送れましたので、これまたラッキーでした。普通に勤めていたら行けなかったであろう旅行にも行くことができました。

 あと、単発の業務として、ファンに関するセミナーの講師を務めることが数回ありました。これは、それ自体はたいした収入にはなりませんが、その時の受講生が新たなクライアントになる可能性があるので積極的に引き受けています。いわば営業活動です。この時に、上で述べた資料作りが役に立ちました。

 メインの海外業務は毎年の契約更新、国内の業務も半年毎か、毎月の発注という形でサラリーマン時代に比べると定年までの安定収入という点では大きな不安がありました。52歳で退職したので、いわゆる定年年齢の60歳まで8年ありました。この8年を無事に乗り切れれば、まずは、転職成功と考えてやってきました。そして、2018年8月、無事に還暦を迎えることができました。この8年間を振り返って、前職を続けていたら・・・と考えることもありますが、「やめてよかった」と自信を持って言えるのがうれしいです。

 現在、転職9年目です。昨年、60歳に達しましたが、まだ、年金はもらえません。私の場合、老齢厚生年金の特別支給がもらえるのが63歳からです。したがって、63歳までは今まで通りに働きたいというのが60歳到達時の次の目標になりました。今のところはほぼ順調に進んでいますが、60歳になってからの気持ちの変化というのは思った以上にありました。このあたりについては次回に書きたいと思います。

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