私の技術者人生(11) [技術者人生]
ファンとシミュレーションの仕事はそれから数年続きました。が、当時はまだシミュレーションで新しいファンの開発ができるような状況ではなく、試作実験による開発がメインでした。しかし、何とかシミュレーションを使い物になるようにしようと努力していたように思います。ただ、周りの目は冷ややかで、コンピュータで遊んでいるように見られるのが普通でした。
そうして数年過ごしているうちに一つの転機がやってきました。社内でコンピュータシミュレーションをメインで行なっている部門からお誘いが来たのです。
当時の部署に不満はなかったのですが、入社以来ほぼ15年間、同じ研究所に勤務していたことに違和感を感じ、転勤を決意しました。大学の先輩は当時の上司ではありませんでしたが、周囲の人は気心の知れた人ばかりでしたので、新しい環境に移ることは決して楽しいことではありませんでした。基本的には人見知りで、新しいチャレンジを好むという性格ではないので今思うとよく決断したなぁという気がします。
ただ、15年間同じ環境にいるということは生まれて初めてのことだったので、「やっぱり変わらなければならない」という気持ちが非常に強かったのを覚えています。しかも。来て欲しいと請われての転勤ですから悪い話ではないとも思いました。ただ、当時はすでに課長職相当の役職でしたのでちょっと珍しい転勤ではあったようです。
こうして約15年間務めた職場を離れて新しい職場でコンピュータシミュレーション「CAE」をメインとした仕事をすることになりました。
そうして数年過ごしているうちに一つの転機がやってきました。社内でコンピュータシミュレーションをメインで行なっている部門からお誘いが来たのです。
当時の部署に不満はなかったのですが、入社以来ほぼ15年間、同じ研究所に勤務していたことに違和感を感じ、転勤を決意しました。大学の先輩は当時の上司ではありませんでしたが、周囲の人は気心の知れた人ばかりでしたので、新しい環境に移ることは決して楽しいことではありませんでした。基本的には人見知りで、新しいチャレンジを好むという性格ではないので今思うとよく決断したなぁという気がします。
ただ、15年間同じ環境にいるということは生まれて初めてのことだったので、「やっぱり変わらなければならない」という気持ちが非常に強かったのを覚えています。しかも。来て欲しいと請われての転勤ですから悪い話ではないとも思いました。ただ、当時はすでに課長職相当の役職でしたのでちょっと珍しい転勤ではあったようです。
こうして約15年間務めた職場を離れて新しい職場でコンピュータシミュレーション「CAE」をメインとした仕事をすることになりました。
2019-02-20 21:39
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